海より、そこそこの愛を込めて

目を覚ますと朝の5時だった。

外は暑くもなく寒くもなく、とても"ジャスト"な気温だったもので、慌てて顔を洗い、車へ乗り込んだ。

 

車中では気持ちよく歌い、15分ほど走った先のビーチへ着く頃にはちょうど朝陽が昇っていた。


駐車場には猫がいた。
途中で寄ったコンビニで無糖のヨーグルトを買っていたので、蓋に少し乗せて渡した。

 

 

 

 

 

 

 


久しぶりに恋をしている。

彼が隣に居たらどんなに楽しいだろうか。きっとこんな日に叩き起こしても怒らずに、一緒にネバーヤングビーチを歌ってくれるのだろう。ベンチに座って朝陽を見る彼の白い頬にそっとキスをしたい。ただただぼうっとこんな事を考えた。

 

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世にも奇妙な処女物語

いつも丁寧に巻かれた髪、小さな顔、長い手脚。毎日の化粧で肌は少し荒れているが、誰が見ても美人カテゴリに分類するであろう友人がいる。
 
彼女の親は金持ちかつぶりぶりに娘を溺愛しており、本人はというと私大と私大をダブルスクールで通い、代官山で家賃15万の家に住み、常に色のキツいブランドバッグを持ち歩いている。もちろん親の金で。
 
こう文字だけ並べるとクソ女の香りしかしないが、私は結構彼女のことが好きだ。
 
 
 
 
彼女は高校の同級生である。しかし高校を出てしばらくは、遠方に住んでいることもあり全く会っていなかった。
 
ふと何かの拍子で飲みに行くことになり、3年ぶりに会うことになった。
共通の友人にそのことを話すと、「あの子、まだ処女らしいよ。こないだの飲み会で言ってた。」との情報を頂いた。
 
彼女の高校時代の恋愛を思い返す。ああ、確か白井という先輩と付き合って、チャラいくせに実は童貞だった、不慣れなのでなかなか先に進まない、と愚痴っていたな。あとは、他校のイケメンと付き合ったりだとか、その容姿もあって数多くの恋愛をしていたな。なのに処女なのか。この歳で処女というだけでだいぶ貴重なのに、よりによって彼女が。まるで嘘のような話だな、そんなこともあるもんなのだな。確かそんな風に思った。
 
 
 
 
 
「初体験いつ?」
 
渋谷の飲み屋で、彼女のビールが2杯空いたところで切り出してみた。「実はまだなんだ〜。」そんな答えが返ってくることは十分承知だが、あくまで知らない体で。
 
 
「大学入ってすぐだから、18の時かな。」
 
 
え???
 
あれ?????
 
脳が少々パニックに陥った。あれ、処女、じゃなかったのか。いや、処女であって欲しいとかそういうことでは全くなくて、ということは、みんなの前で嘘をついたのか?それ、嘘をつくメリット、あるのか?
 
笑顔の下では動揺しながらも、掘り下げて聞いてみた。
 
「そうなんだ。誰と?」
 
「予備校が一緒だった、当時の彼氏。写真見せたような気もするけど、覚えてる?」
 
あ、ああああー見たわハイハイ、なんか細長くて茶色い男な。覚えてる覚えてる。
 
そこから彼女はべらべらと、経験人数が4人であることや初めての時のシチュエーションや今の彼氏とのセックスエトセトラ、を土石流のごとく喋った。
 
なんなんだこいつ、このぶっちゃけ具合、……めっちゃ面白いじゃんか。なのになぜ処女だなんて嘘をついた?考えれば考えるほど分からなくて、上げた口角で固定した表情筋の下は大忙しだった。
 
結局その日は、散々下ネタを話したあと2人ともベロベロに酔った状態で解散した。つまりは結構楽しく飲んだ。が、処女の話は聞けなかった。突っ込めなかった。
 
 
 
 
 
後日。
 
私と、彼女と、同じく高校の同級生のA君、の3人で飲んだ。
 
これまたビールが2杯空いた頃、自然と話題は恋愛の話になった。
しかし主に言葉を発していたのはA君で、最近彼女がどうだこうだ、胸の大きい後輩の女の子があーだこーだ、それこそ大学生らしい軽快な下ネタを楽しそうに話していた。
 
そこで、ついに私は目撃者となってしまう。
 
「そっか、お前はまだだったよな。こういう話、やめとくか。」
 
私はもう、さすがに今回は"大"パニックである。顔をそちらへ向ける勇気もなく、固まった表情で眼球だけを左隣へ移動させた。
 
彼女は照れたような表情で、一言だけ、こう言った。
 
「うん。」
 
 
 
ハーーーーーーーーッつつつ、どういうことだどういうことだ、もしかして彼女に私は見えていないのか?もしかして私、死んでるのか?確かに彼女は照れた表情のまま、こちらへは視線を寄せない。死んでるのかー私、はー。
 
 
困惑に困惑を重ねた私は、結局その日も泥酔し、気が付けば家の玄関で座って靴を脱いでいた。
 
また聞けなかった。ていうかさすがに尻込みした。恐怖すら感じた。
 
二重人格?虚言癖?彼女なりの媚び?私の知らないだけで処女だと松屋一年無料キャンペーン中?もしくは私彼女にめちゃくちゃ見下されてる?それともそういう性癖?
 
分からない。分からなさすぎるし、私ごときの人生がこうも奇妙な物語に巻き込まれるなんて。ありがてえ。
 
 
 
結局その日から半年経った今も真相は聞けずじまいの分からずじまいだし、彼女とは相変わらずウマが合うのでぼちぼち仲良くやっている。
 
彼女の好きなところを一つ挙げるとしたら、「育ちが良いくせにどこか品が無いところ」だろうか。
 
最近初めて彼女の家に泊まったのだが、部屋は物で溢れていて、慌てて片付けたことがバレバレなホコリの積もった家だった。
どこどこのジュース飲んで5分でお腹下した、みたいな最高にしょうもない話をLINEで急に送って来たりもする。
 
その素敵な容姿からは想像がつかないほど、私をワクワクさせたり、ハラハラさせたり、世にも奇妙な処女物語に巻き込んだり。こんな人なかなか居ないもので、結局のところ私はどうか末長く友人で居てください、と願ってしまうのだ。

本能に生かされる

見た目だけで言えば、痩せている男性が好きだ。


なんでこの話を書こうと思ったかというと、小春ちゃんという柴犬の動画をYouTubeで見たからだ。
飼い主さんはもの凄く愛情を込めて小春ちゃんを育てていて、毎日毎日手作りの食事を与えている。しかもバリエーション豊富な日替わりメニューだ。小春ちゃんは飼い主さんが食事を用意している間中食べたくて食べたくて堪らないといった声を上げ、「よし」の合図で美味しそうにガツガツとそれを平らげる。食事をする小春ちゃんの至近距離にマイクがあり、咀嚼音がこれまた私を笑顔にする。



心理学で、「相補性の法則」という用語がある。人は自分にないものを持つ人に惹かれるものよ、といった話なのだが、今回のことはまさにそれだと思う。

私といえば自炊が好きで、そして自分が肉付きの良い方であることから、「痩せている男性に食事を作って与えたい」、もっと言うと「目の前で美味しそうに食べて欲しい」願望がすこぶる強い。なんで?と言われても分からないから、もう本能なんだと思う。
そして現在受けている心理学の講義で上記の話を聞き、しっくり来たというわけだ。少し母性本能も含まれるかな。


ヒモを飼いたい、と一時期思っていた。友人から「生けるユニセフかよ」とツッコミを頂きさすがに考えを改めたが、これすらもう自分の意識レベルの話じゃないから怖い。

私は本能に生かされているのだとしみじみ思う。自分が理性を持って選んだと思っている事柄も、根本は本能が左右しているのだ。そのことを考えれば考えるほど私は私ではないのでは?などとぐるぐる考えてしまうので、最近ではただただその事実を受け入れ、小春ちゃんの"飼い主さん"に羨望の眼差しを送るのみなのであった。

たぶん明日死ぬ

今年何度目の飛行機だろうか。手持ち無沙汰になりがちなので、またこうして雲の上で文字をしゃらしゃら打っている。


私の前の席が少し歳の行ったお父さんと1歳くらいの男の子で、椅子越しに私のことを覗いてきては目が合いにこ〜っとしてくれる。


子供は国の宝なんてしょうもないことを最初に言ったのは誰だ?ま、今なら照れも疑問も迷いも抱かず心に落ちてくるが。チョー可愛い。私みたいな大人にならないでくれ、というほど大した人生も歩んでなければ歪んでもないと思うのでそれなりに普通の人生を歩んでくれ、坊やよ。




私は絵を描くのが好きな子供だった。将来の夢は一貫して漫画家で、小学校高学年〜中学1年生頃に至っては大好きだった雑誌「マーガレット」に描いたものを送ったりもしていた。


その頃同じように雑誌へ投稿していた愛里ちゃんというクラスメイトがいて、あの雑誌の今月号がどうだ、あの作者がこうだ、といった話を彼女とするのがとにかく私にとっての幸せの時間だった。


私はクラスの中心的存在で、彼女はどちらかというとおとなしいグループの子だったが、冷めてるというか個人主義というかフランス的な側面を持ち合わせていた私は思春期においての鉄格子とも取れるクラス内カーストを完全に無視し、彼女との友人関係を続けた。大人になった今もそれなりに仲が良く、年に一、二度突発的に深夜のドライブへ誘ったりする。



漫画家にはなれはなかったものの、それに近いような仕事をしているので私は恵まれているんだと思う。自分の好きな事で飯を食えるというのはこの上なくありがたいことで、リアルな程度二日に一度は仕事が楽しいと感じるし、つい先日好きなバンドから仕事の依頼が来た際は天にも昇る心地だった。



そんな中、珍しく彼女の方から連絡が来た。「東京に居るから、会って話したい」と。何事かと思いつつ、私にしては珍しく酒ではなく茶ミュニケーションを選択し、恵比寿にあるお気に入りのカフェを予約した。


「久しぶり〜」の声色と表情で何か嬉しいことがあったのを確信した。彼女は大学を出て地元で公務員として働いている、はずだった。


「実は、公務員辞めたんだ。それで、イラストレーターとして東京で働き始めたの!」



!!!



「めちゃくちゃ思い切った転職だし、親にも大反対されて、誰にも言ってなかったんだけど。ひと月勤めてやっていけそうだなと思ったから、一番初めに報告したかったんだ。」


心がぶわーっと膨張していくのが分かった。どうしよう。たまげた。この上なく嬉しい。


小学生の頃から同じ趣味を語り合った友達と、お互いに趣味の分野で働ける。私はこんなに幸せでいいのか。明日ウンコ踏んで滑って頭打って死ぬんじゃないのか。もしくはこの飛行機が落ちて死ぬ。


そこからは最近仕事で嬉しかったことや、先輩風吹かしてアドバイスなんかもしたりして、朝方の雀もたじろぐ勢いで仕事について語り合った。家に帰っても私たちの頬はきっと緩みっぱなしで、二倍にも三倍にも、自分の仕事に誇りを持った1日となる。次は酒を飲もうよ。

幸せのハードル

さり気ない優しさが好きだ。

最近、後になってあれはあの人なりの優しさだったのか、と理解することが立て続けにあった。
そのことを何度も何度も心の中で反芻しては、嬉しくてたまらない気持ちになる。


おばあちゃんが好きだ。

夜通しの麻雀で1万4千円負けた後、朝8時の中野駅で通勤ラッシュの時間が過ぎるのを、コーヒーを飲みながら待っていた。
眠気と格闘するタバコ臭い私に、朗らかな笑みを浮かべた可愛いおばあちゃんが話しかけてきた。「モーニングセットを頼みたいんだけど、AとBとC、あなたどちらが良いと思う?」と。「Aセットです。」と答えた私の眠気は吹っ飛び、その日1日を穏やかな気分で過ごすことができた。


街を歩いているだけで楽しい。
迷子猫の貼り紙を見て心配そうに母親に話す子供、待ち合わせスポットで恋人が見えて笑顔になる女性、面白い看板、イヤホンから流れる銀杏BOYZ、見たことのない花、綺麗に手入れされた民家の庭。


「あんたは幸せのハードルが低いよね」

そう友人に言われたことを思い出す。


昨日は夜は短し歩けよ乙女という映画を見た。原作の世界観が出ていて良い映画だった。

古本は苦手でどちらかといえば新品を買いたい派だったが、古本も良いなあと思い直した矢先だった。

たった今池袋を歩いていると古本市が開催されていた。タイムリーな出会いに思わず笑顔になった自分に気が付き、友人に言われたことを思い出しさらに口角が上がった。

マジの一期一会

完全に染め時を逃した髪の毛をなんとかしようと、美容室を予約した。

腕が良くて話も面白い太田さん(美容師のお姉さん)が好きで、わざわざ二子玉川まで通っている。

茶髪というのは本当に面倒だな。今回は真っ黒に近いぐらいの色に染めてもらおう。そんなことを考えながら、道玄坂での用事を済ませ電車に乗ろうと渋谷の街を歩いていた。


「すいません。」

声をかけられた。平日のこんな時間こんな場所だと、大抵が度胸だけこしらえた中身の無いナンパ師か、美容師だ。

「時間あったら、髪染めていきませんか?」
どうやら今回は後者のようだ。


「ごめんなさい、この後美容室予約してるんです。」
これが嘘である時も本当である時もこう言っている。

しばらく歩くとまた声をかけられた。
「すいません。」

ほとんど顔も見ずに、2分前と全く同じ断り文句を告げた。



歩く。


「すいません、髪の毛を…」

……ちょっと待て。
確かに今私の頭はいわゆる"プリン"化しており分かり易い声かけ指標を放っているが、こんなに声をかけられるとは何事だ。頼むからそっとしておいてくれ。

イライラしながら顔を上げ、例のセリフを3割ほど口にしたところで驚いた。


(えっ、めっっっちゃタイプやんけ、このお兄さん…!)


慌てた。
特別イケメンではないものの、片方だけ二重のお目目がとても色っぽい。さらに遅れて脳内処理班が「声もタイプやぞ」と教えてくれる。


お兄さんはフレンドリーに続ける。
「美容室予約しちゃったんですか!カラーモデルなので無料なんですけど、だめですか?いつも行ってる美容室ですか?」

ですかですかですか、うん、そうだけど、最後の一文はどういう意図を含んでるんだ?

「いつも行ってる美容室です、もう今電車乗って向かおうかと」
素直に答えた。

「ああ、そっかー。引き止めてごめんね。行ってらっしゃいませ!」


え、あれ、案外あっさりと解放された…。



そこから私の頭が黒くなるまでのほとんどの間、お兄さんのこと、というか「タイプの男性に接触する機会を偶然得たこと」についてぼーっと考えていた。太田姉さんと楽しく会話して笑った気もするが、霊媒師というワードが出てきたこと以外あまり覚えていない。



ああ、そっか、いつも行ってる美容室は信頼関係が出来上がってるしドタキャン出来ないよなあ、当たり前だろうし営業トークなのだろうけど、気を使ってくれたんだな。


去り際の笑顔、素敵だったな。


名刺だけでも、貰っておけば良かったな。



二子玉川で高いのに不味いミネストローネをすすりながら、あのお兄さんには二度と会えないという哀しみと、「次は自分でアクションを起こす」という決意を込めてお送りしました。

田舎コンプレックス

真面目で小難しいことを書く。
 
 
 
私の好きな歌手は大物になってもなお「自分が成長できる世界に生きたい」と歌った。本当にその通りだし、彼が終始腕立て伏せをするだけのミュージックビデオには説得力があった。
 
 
私は2年前、独立と同時に「こんなとこじゃ食ってけねー!」と鼻息荒く地元沖縄を出て東京へと引っ越した。そして上京2日目で花粉症を発症、スピード感に若干引きながらも1年目はどうにかこうにかやり過ごした。
 
今年は計画を練りに練って、花粉の期間フルリモートで仕事が出来るようにし、沖縄にて花粉疎開を実践したのである。
 
で、東京へ戻ってきた。今日。2ヶ月ぶり。
今回は色々と思うことがあったので書き記しておく。
 
 
 
私にはずっと田舎コンプレックスがあった。特に仕事において。
 
沖縄で働くとはどういうことなのか。
 
ことIT事情でいうと、企業はほとんど二次以下の下請け、もしくは県外大手の支店(しかし実際の業務はカスタマーサポート、つまりコールセンター)だ。特に後者は、賃金や地代が安いという理由でどんどん進出してきている。これはもう本当に悲しいし切ない。
もちろん優秀な人も居るが、私の知る限りではそんな人ほど県外へ出て行く。
自主的に何かをすることに無頓着な県民性なので、なかなかリーダーが誕生せず、負のサイクルは変わらない一方だ。
 
私はそういった側面に嫌気が差し、東京で働くことを選んだ。
 
実際に東京で働いてみると、驚くことばかりだった。情報の早さ、クリエイティブ思考な人々、企業のアクティブさ。
ベタに、「世界は広い」と感じた。
目まぐるしく過ぎる毎日が楽しくて仕方がない。自分が成長出来ている実感が日々得られる。ずっとここに居るべきなのでは…と思い始めていた。
 
 
沖縄は相変わらずだった。のんびり、ゆっくり。
 
そんな中、冒頭の曲を久しぶりに耳にした。「自分が成長できる世界に生きたい」。うんうん。
 
…あれ、ちょっと待てよ。
結局これって、私が今「自分が成長できる世界に生きている」と感じてるってことは、成長させて貰える環境に甘んじている、つまりは現状維持でしかないのでは…?
 
 
心が揺さぶられる音がした。
 
本当の意味での「自分が成長できる世界に生きる」とは、そういうことだったのか。
 
 
それからすぐに、初めてちゃんとした人生設計を考えた。
 
私の人生をかけて、逃げずに、向き合ってみようと思う。