普通の失恋に成り下がる

以前勤めていた会社の、先輩二人と会った。

一年振り。かたやいつの間にか離婚していて、かたや男勝りで男日照りだったのに恋人と同棲を始めていた。一年で色々あるもんだな、と他人事のように考えていたところ、脳天を貫くような報せを聞かされた。

当時ぼんやり好きだった先輩が、デキ婚したらしい。

彼について思い出すとしよう。
彼はある日私のチームにやってきて、統括の立ち位置に入った。普段全くと言って良いほど笑わない、そして誰とも群れない一匹狼のような人だったのだが、仕事が出来、それに対する姿勢も好みだった。

ひょんなことから音楽の趣味が合うことを知り、他の人の知らないところで少し、ほんの少し仲良くなった。

こんなの好きにならないはずがない。背が高くて猫背なところ、綺麗な指先、実はお酒に強くないところ。愛おしくてたまらなかった。

しかし、彼には恋人が居たのだ。しかも社内恋愛。お相手はこれまた美人で仕事の出来る方。

好きになってはいけない、そう思っていたのであくまで「ぼんやり好きだった」という言い方を選んだ。もちろんアプローチなんて出来るはずもなく、彼がチームへやってきてから約一年後、私は退社することになる。

送別会を開いていただいた。

一通り楽しみほどよく酔った私たちは、合わせて五名ほど相乗りして車で送ってもらうことに。

私と、彼と、お酒を飲んでいない運転手の三人が残り、先に彼の家に着いた。

助手席に座っていた私は窓を開けて、ありがとうございました、とだけ伝えた。

彼は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、「頑張って下さい」と言いながら、頭をポンポン、としてくれた。

あ、気付いてたんだ。



彼との思い出はそれくらいなのだが、綺麗すぎる、優しい失恋に胸がじんわりしたことを強烈に覚えている。


そして、話は冒頭に戻る。

その彼が、デキ婚したのだ。社内恋愛の、あの彼女と。


私にとっては聖域のような思い出というか人物というかそのようなものだったのに、やる事やってた事実を唐突に突きつけられて(いや当たり前だし誰も何も悪くないんだけど)、美しかった思い出が急に生々しく崩れ落ちた感じがした。

なんか、普通の失恋になってしまった。