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原付の話

私の出身沖縄県という絶対的車社会において、車輪のつく物の免許証はパンティと同じくらい必要である。


私の車輪デビューは16の頃だった。私立のお嬢様学校に通う私は抑えきれない青春的衝動に駆られ、誕生日を迎えたと同時にもちろん校則で禁止されている原付の免許証を取得した。


高校に入ってすぐぜんざい屋でアルバイトを始め、そこで毎日モチを食べながら貯めた僅かなお金を握りしめて、中古の原付屋へ向かった。

スクーピーというベタにベタを重ねた原付に一目惚れして即購入。
白と茶色の可愛いそいつは、その日から私の相棒となった。反抗期の弟が私と会話をしてくれない分、スクーピーに話しかけた。それぐらい愛していた。


原付はいい。風が気持ちいいし、何より等身大な感じがたまらないのだ。


海、山、川、滝。色んなところへ行った。その頃から音楽に関するアイデンティティが確立されつつあったこともあり、「家以外のどこか」へ行き感傷に浸るのにはちょうど良すぎた。



夏。ぜんざい屋を辞めアイスクリーム屋でのバイトに勤しんでいた私は、半袖のシャツに膝上のアームカバーを着け原付で通っていた。そのスタイルでいくと、アームカバーとシャツの僅かな隙間が日焼けする。元がかなりの色白なので、その変な焼け跡がとても目立った。行く先々で聞かれ、「あ〜これ?原付でさ〜笑」とニヤニヤしながら答えていた。この感じを何かに例えるとすると、猫を飼っている人間が「飼い猫にやられてさ〜笑」と引っ掻かれた跡を自慢げに話す様に瓜二つだ。


最終的には18で普通免許を取得しあっさり売り払ってしまったのだが、原付のおかげで高校生にしてはかなりアクティブな三年間を送れたと思う。
そこで身についたフットワークの軽さ、腰の軽さは現在東京の地ですこぶる生きている。友達100人できたよ、ありがとうスクーピー